易経からみた人生訓のことなら、是非当サイトを参考にして下さい(^_-)-☆

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易経:碩果不食(せきかくらわれず)

易経 「山地剥」より

「碩果(せきか)」とは、大きく実った果実のこと。

混乱した時代でも、 大きな硬い実が最後まで食べられずに残っている 。いずれその実は一度地に落ちるが、やがて芽を生じ、また新たな発展へとつながってゆく。

どんな絶望と逆境の中にあっても、自身を正しく守っていれば、やがて希望の芽は育まれてくるであろう。如何に未来を信じ、時の到来を待つかが重要である。

易経:霜を履みて堅氷至る(しもをふみてけんぴょういたる)

易経 「坤為地」より

霜を踏んで歩くようになると、やがて堅い氷が張る寒い季節がやってくることが予想されるように、物事には予兆というものがあり、これを見逃さないで対処しなければならない。放置しておくと取り返しのつかない厄介なことになってしまう。

企業や政治家の不祥事や犯罪は、たいてい「霜を履む」ような些細なことから始まる。
最初は悪いと気づいても、「このくらいならいいだろう、大丈夫だろう。」と軽く見てしまう。

しかし、悪習にだんだん馴れてくると、やがて「堅氷」のように厚みが増大し、取り返しのつかない大事件に至るのである。

易経:学問寛仁(がくもんかんじん)

易経 「文言伝」より

君子は学以って之を聚(あつ)め、問以って之を辯(わか)ち、寛以って之に居り、仁以って之を行なう。

「学問」という言葉の出典である。

之(これ)とは「徳」のことである。学ぶことによって徳を身に付け、問うことによって是非を分別し、寛大な心で身を処して、思いやりで実践する。

「学問」は真理の探究に目的があるのではなく、それによって周りの人の役に立ってゆくことに本質的な目的がある。

ちなみに、「文言伝」は「乾・坤卦」の解説。

易経:虎視眈々(こしたんたん)

易経 「山雷頤(さんらいい)」より

一般には、「チャンスを狙って、機会を窺っている様子」を言う。これも出典は易経である。しかし、易経での使われ方は興味深い。

上の者が下の者を養うのは当然であるが、時折、下の者が上の者を養わなければならない場合がある。または、上の者が管理サイドに回って、実務を下の者に任せる場合もこれに当たる。そんな時は、実権を握られないように、虎が獲物を狙いさだめ追い求め続けるように、注意深く睨みを利かせてゆく必要がある。管理者としても心得を言っている。

 

易経:彰往察来(しょうおうさつらい)

易経「繋辞下伝」より

往(おう)を彰(あきら)かにして来(らい)を察す

過去を明らかにし、現在を把握し、それをもとに未来を察知する。

人類はいろいろな歴史を経験してきている。その集合知とも言える歴史的教訓から、これから起こる未来のことを察知して行かなければならない。同じ間違いを繰り返していたのでは、そこに発展はない。

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